磯辺研究室の海洋プラスチック汚染研究

磯辺研究室では、多くの研究者がマイクロプラスチック観測に取り組めるよう、当研究室での分析ノウハウを公開しています。

私たちは、初めて環境省環境研究総合推進費に採択された2007年より、海岸漂着ごみの中でも大多数を占めるプラスチックごみに焦点を当て、海洋学的な見地より、輸送実態の解明や将来の浮遊量予測に取り組んできました。それ以来の10年間に展開した研究プロジェクトの成果の一部をご覧ください。


 最近の興味の対象は、海洋を漂流・漂着するプラスチックごみが自然の中で数mm以下にまで微細片化した、"マイクロプラスチック"にあります。 動物プラン クトンと同程度の大きさにまで砕けた廃プラスチックにはPCBなどの有害物質が吸着し,これらが誤食を通して生態系に容易に混入する危惧があります。また、毒ではないが成長の糧にもならないプラスチックを誤食すること自体が、海洋生物にとって大きな負担となるようです。

 

 平成30年から当研究室の磯辺教授は、環境省環境研究総合推進費戦略II-2のプロジェクトリーダーを務めています。これは、包括的なマイクロプラスチック研究プロジェクトとして、我が国最大規模のものであって、50年後の地球の海洋プラスチック汚染を予測する挑戦です。

 

 さらにタイを中心に東南アジア各国の研究者と共同研究を進め、周辺各国における海洋プラスチック汚染の軽減につながるよう、科学的エビデンスに基づいた減プラスチック社会の実現に取り組んでいます(詳細は近日中に掲載予定)


シミュレーションによる太平洋のマイクロプラスチック浮遊量50年予測

Isobe. A., S. Iwasaki, K. Uchida, and T. Tokai "Abundance of non-conservative microplastics in the upper ocean from 1957 to 2066", Nature Communications,  10, 417, 2019.  DOI: 10.1038/s41467-019-08316-9

 

 海を漂流・漂着するプラスチックごみは、時間が経つにつれて劣化し破砕を繰り返しながら、次第にマイクロプラスチック(MP)と呼ばれる微細片となり、漂流の過程で誤食を介して海洋生物に取り込まれることが知られています。私たちの研究グループは、過去から現在までに観測されたMP浮遊量をコンピュータ・シミュレーションで再現し、さらに50年先までの太平洋全域における浮遊量を予測しました。シミュレーションモデルには、MPの発生と輸送、そして消失過程(MPは3年程度で海の表層から何処かに消えてしまうらしい)を組み込んでいます。特に日本周辺や北太平洋中央部において夏季の浮遊量が多くなる特徴があること、プラスチックの海洋への流出がこのまま増え続けた場合、これら海域では2030年までに海洋上層での重量濃度が現在の約2倍になること、2060年までには約4倍となることが示され、将来に海洋生物へのダメージに直面する可能性が示唆されました。ただし、MPによる海洋生物への影響を指摘したこれまでの実験研究では、観測やシミュレーションの対象となったMP(>300μm)よりも一桁から四桁以上小さなMPを使用しています。今後は、実験で用いているほど小さな粒径にまで微細化したMPを実海域で監視し、浮遊量の将来を予測することが、海洋生物への影響を考える上で重要でしょう。

 現在は、このシミュレーションモデルを全世界に拡張する研究を進めています。


日本周辺、および南極ー東京航路でのマイクロプラスチック調査

 

私たちは、東京海洋大と共同で、日本周辺海域および南極から東京に至る太平洋縦断航路でのマイクロプラスチックの調査を行っています。 2014年の日本周回航路での調査結果によれば、主に日本海を中心とした東アジア域で、マイクロプラスチックの浮遊密度は、世界の他の海域に比べて突出して多いことがわかりました。日本周辺での浮遊密度(波や風による混合の影響を軽減するため鉛直積分値で評価)は、世界の平均に比べて27倍に達しており(Isobe et al., 2015)、その解析結果を取りまとめた以下の論文では、東アジア域をマイクロプラスチックのhotspotと表現しています。現在、多くの研究者が、今後に浮遊濃度が増え続けると予想されるマイクロプラスチックの、海洋生態系への影響評価に取り組んでいます。東アジア域は、世界に先駆けてマイ クロプラスチックの生態系への影響が顕在化する場所なのかもしれません。また、私たちは、世界で初めてマイクロプラスチックの浮遊を南極海で確認し、学術論文(Isobe et al., 2017)で公表しました。生活圏に最も遠い南極海でマイクロプラスチックが検出されたということは、すでに海洋プラスチック汚染は世界の海に広がってしまったということなのでしょう。


東アジア域で採集されたマイクロプラスチック浮遊濃度(左:鉛直混合の影響を排除するため、鉛直積分した水柱全体の濃度に換算)と、神鷹丸での漂流プラスチック微細片の採取の様子(右)。東アジア域はマイクロプラスチックのhotspotである。


2016年1月から3月にかけて南極海から東京に至る航路で採集したマイクロプラスチックの分析しました(Isobe et al., 2017)。左は観測位置で、中央は南極海で採取されたマイクロプラスチックの写真と浮遊密度(個数/海水体積;黒いバー)、右は海鷹丸による南極海での観測風景(写真は東京海洋大にご提供いただきました)


日本の内湾を浮遊するマイクロビーズ

上に示した写真のマイクロプラスチックは、そのほとんどが、海岸での紫外線や熱による刺戟でプラスチックゴミが劣化し細片化したものです。しかし、海で採集されたマイクロプラスチックを観察すると、時折、大きさ1mm以下の球形に近い微細片を見つけることがあります(写真)。自然の劣化と細片化で球形になる可能性は極めて低く、これは、様々な製品(デオドラント・シャンプー・コンディショナー・シャワージェル・リップスティックなど、多種多様なpersonal care & cosmetic products;その他の工業用研磨剤の可能性があるが未確認)に、 スクラブとして人為的に混入されたプラスチック粒子(マイクロビーズ)と考えられます。環境省が2015年に実施した全国沿岸調査のデータを解析したとこ ろ、全26測点中、9測点からマイクロビーズ(0.3 mm <サイズ<0.8 mm)が検出されました。この9測点で同程度の大きさのマイクロプラスチック浮遊濃度と比較したところ、球形マイクロビーズは全マイクロプラスチックの10%程度を占めていて、これは「無視できるほど少ない」とは言えないようです。


日本の沿岸域で採集したマイクロビーズ(左の写真四葉:枠は5mm四方)と、大学近所のスーパーで購入した製品から取り出したマイクロビーズ(右)


内湾におけるマイクロプラスチックの選択的輸送過程

Isobe, A., K. Kubo, Y. Tamura, S. Kako, E. Nakashima, and N. Fujii "Selective transport of microplastics and mesoplastics by drifting in coastal waters", Marine Pollution Bulletin, 89, 324-330, 2014.

私たちのマイクロプラスチック研究は10年ほど前まで遡ります。まず、五島列島の美しい海で表層ネット採取を行ってマイクロプラスチックの浮遊に驚き(個人的体験で論文にはしていない)、その後、瀬戸内海の各所でマイクロプラスチック採取を始めました。採取したマイクロプラスチックのサイズ別の浮遊密度分布をみて、そのサイズが、河口の有る無しに関わらず、岸に近いほど次第に大きくなることに注目しました。そして、マイクロプラスチックの輸送シミュレーションを行うことで、海洋での"選択的輸送過程"を提案しました。

瀬戸内海でのサンプリング(a,b)と採取したマイクロプラスチック(c,d)>

岸を離れた採取点(a,c)と岸近く(b,d)でのサイズ別の漂流密度

 

そもそも、海水より密度が小さく海洋表面(表皮層)を浮遊するプラスチック微細片は、海潮流に加えて、岸に向かう風波に伴うストークスドリフトで輸 送されます。比較的大きなプラスチック片は、大きな浮力を得て海面近くを漂うことで、海面近くほど強くなるストークスドリフトにのって岸に運ばれやすくなります。その後に海岸に 打ち上がって、紫外線や寒暖差で劣化・破砕してマイクロプラスチックに変わり、そして波にさらわれ海へと戻ってゆきます。表皮層以深にも漂流層を広げた微細片にはストークスドリフトの影響が軽減され、結果としてマイクロプラスチックは沖へと分布域を広げていくの です。すなわち、海にはプラスチック片を効率的に微細片化してしまう機能があると言えます。

マイクロプラスチックの選択的輸送モデルの模式図