陸棚域や沿岸域の海洋循環と物質輸送過程

沿岸域や陸棚域は、海洋研究(特に海洋物理研究)における一つのフロンティアです。もっとも、遠い海の果てではなく、人の生活圏に近い海域がフロンティアとは、ちょっと奇妙に聞こえるかもしれません。

おしなべて自然科学というものは、観測網が充実してこそ大きく進歩するものです。しかし漁業や海運に利用価値の高い海域を観測のために占有することは難しく、結果としてデータの蓄積が足らないこと(季節的に大きく変わるであろう瀬戸内海の「季節別海流分布図」というものも、いまだ存在しません)、 現代海洋学にとって重要な武器となった衛星観測は、時空間スケールの小さな沿岸・陸棚域の現象を十分に解像できないこと、したがって観測データと同等の価 値を持つ再解析データの沿岸・陸棚域での提供は今後も望みが薄いことなどが、この海域を海洋研究の最前線にしている理由として挙げられるでしょう。

実際に観測しなくても、これだけコンピュータが発達して、数値モデルも洗練されているのだから、シミュレーションで再現した海を研究すればいいじゃん、 と考える貴方は残念ながら何も分かっていない。もちろん、海洋研究は実際に海に出なければダメなどと、耳触りは良いが根拠の薄い、教条的な現場主義を唱え るつもりはありません。

たとえば下図のように、簡単な地形の海をコンピュータの中につくって、その中に河川水を流し込んでみましょう。海に出た淡水は河口前面に渦をつくり、そ して、この渦は膨らみ続ける風船のように、沖へ沖へと成長していきます。もし海底が沖に向けて深くなっていくならば、今度は渦が岸を"左"に見て移動する 様子が観察できます("右"のミスタイプではありません)。

シミュレーションで計算した平坦な海底地形の海に流した淡水(等塩分線)分布の時間発展

この河川水のバルーニング現象は、まぎれもなくシミュレーションが導く「正しい解」ですが、残念ながら、実際の海洋に見られる「真の解」ではありません。実際の海洋には、このようなバルーニング現象が存在しない(と言われている)からです。

河川水のふるまいを理解する道具として数値モデルでは力不足、私たちには何か大事なアイデアが足りない。

参考:Isobe, A. "Ballooning of river-plume bulge and its stabilization by tidal currents" Journal of Physical Oceanography, 35 (12), 2337-2351, 2005

沿岸・陸棚域の海洋物理学には、上に示した有名な「バルーニングのパラドクス」のように未解決の問題が多く、高い普遍性を持った沿岸・陸棚域の海洋循環論も未だ存在していません。

知的冒険心を満足させるとともに社会的要請も大きい、このチャレンジングな研究分野は、世界的に高い人気を持っています。そして私たちは、そのチャレンジのトップランナーであり続けたいと願っています。

人が使っている道具を使っていては、トップランナーではいられない。私たちはヘリウムガス充てんのバルーンにデジカメをつけて、低高度リモートセンシン グで海を画像解析します>。三角形格子の有限体積法モデル(FVCOM)で沿岸域の高精度モデリングを行います。

そして、私たちの研究室から、全く新しい沿岸・陸棚域の海洋研究を始めたい。


2017年よりドローンの運用に挑戦しています。

赤外線センサと可視カメラを搭載したドローンで、8月には瀬戸内海で海洋前線の空撮実験を行いました。



バルーンを用いた低高度リモートセンシングによる沿岸海洋の観測

Kako, S. A. Isobe, and S. Magome "Low altitude remote-sensing method to monitor marine and beach litter of various colors using a balloon equipped with a digital camera", Marine Pollution Bulletin, 64, 1156-1162, 2012.

 

Miyao, Y., A. Isobe, and S. Kako "An application of low-altitude remote sensing using a vessel-towed balloon for monitoring jellyfish patchiness in coastal waters" Journal of The Remote Sensing Society of Japan, 34(2), 113-120, 2014.

 

Miyao, Y., A.Isobe "A combined balloon photography and buoy-tracking experiment for mapping surface currents in coastal waters" Journal of Atmospheric and Oceanic Technology, 33, 1237-1250, 2016.

 

沿岸海洋の観測は、上で述べた通りに外洋に比べてはるかに難易度が高いものです。定点での流速計設置は漁業や海運の邪魔になって殆ど不可能、月一度程度の船 舶観測では海況がガラッと変わって観測情報がつながらない、でも船で毎日観測するなんてお金も体力も続かない、衛星観測は粗すぎて沿岸海況を解像できないし、雲 に邪魔されて見えないことも多い。ということで、ここ5~6年ほど前から上の写真のようなバルーン空撮を利用した、海面の海色(Kako et al., 2012; Miyao et al., 2014)や流速、さらには水温のマッピングに取り組んでいます。この低高度リモートセンシングで、とにかく誰も見たことのない沿岸海洋の姿を誰よりも早 く見てみたい。
(ドローンの利用も考えたが、数時間以上に及ぶ連続観測が難しそう、風のある海上で落水させずに小さな船に戻す操縦テクに自信がない...海に落ちたら全てパーだし)

 


 

当研究室の宮尾泰幸君(H28.3 博士後期課程修了)の研究成果が、最近の米国気象学会のJournal of Atmospheric and Oceanic Technologyに掲載されました(Miyao et al., 2016)。調査船で高度200m程度に保ったバルーンを曳航しつつ、バルーンから吊ったデジカメで写した漂流ブイの位置座標を画像処理すれば、誤差が数 cm/s程度で、数100m四方の海流分布が観測できます。下図のように、漂流物を取り込む直径200m程度の小さな渦の検出に成功しました。

 

当面の目標は、バルーンにサーモグラフィを取り付けて、解像度1m以下で10 km四方の熱赤外画像(水温分布)を空撮すること。細かな渦や前線構造が万華鏡のように美しい沿岸海洋の姿が目に浮かびます(やってみないとわかりませんが)。